ニホンイトヨ

(トゲウオ科 イトヨ属)

Gasterosteus nipponicus Higuchi, Sakai & Goto, 2014

ニホンイトヨ(道東の汽水沼)

卵を守るニホンイトヨの雄

オリンパスE-3 ZD12-60(17)/2.8-4 f8 1/90 Z-240×2(TTL)

道東の汽水沼 7月 水深30cm

 従来、イトヨは遺伝的に異なる太平洋型と日本海型の2型がいるとされてきましたが、うち日本海型は2014年に「ニホンイトヨ」として新種記載されました。

 外見的には、ニホンイトヨは太平洋型遡河型に比べ、①より小型、②背びれ軟条数が通常14(太平洋型は通常12)、③キールは膜状(太平洋型は石灰化)、といった違いがあります。生態的には、太平洋型には陸封のものと遡河回遊のものがいますが、本種は遡河回遊のみです。

 ニホンイトヨは国内では九州北岸から北海道の日本海側、千葉県銚子付近から北海道の太平洋側に分布するとされています。九州では近年捕獲記録がなく、山陰~東北でも近年は稀となっております。本州のニホンイトヨは「絶滅のおそれのある地域個体群」に指定されています。対馬海流の流れる日本海側では、温暖化の影響が疑われます。

 撮影地付近では太平洋型も分布しますが、両者は繁殖場所が異なっているようで、ニホンイトヨは汽水域で、太平洋型はそれよりも上流で繁殖するようです。写真の個体を撮影地したのは透視度の悪い汽水の沼で、その底(軟泥底)には巨大なアサリオオノガイが生息していました。

 この沼にはトミヨ属汽水型も生息していますが、ニホンイトヨは沼の中央部で営巣し、トミヨ属汽水型は岸寄りの抽水植物のある場所で営巣しており、棲み分けている可能性があります。

 この沼は透視度が10-30cm程度でほぼ撮影限界です。表層5-10cm程度が淡水で、その下層は汽水となっており、表層を混ぜると密度濁りが発生するため、ごくゆっくり動く必要があります。底質は軟泥のうえ。表面は藻類の光合成により発生した小さな気泡で覆われており、これが離れて撮影機材のポート面に付着すると撮影の支障になるため、できるだけ攪乱しないように移動しながら被写体を探します。

 トミヨやイトヨは目視できるのですが、密度濁り、泥濁り、軟泥底、気泡に阻まれ、当初は撮影は絶望的にも思われました。しかし、営巣雄さえ見つければ何とかなると信じて探すしかありません。時期的にも繁殖期の末期で、すべての個体が繁殖を終えて海に降っている可能性もあったのですが、幸い営巣している3個体に出会うことができました。写真の個体は3つめの営巣雄です。

 この雄も他の2個体同様、最初は警戒していましたが、巣の前でじっとしているとすぐに警戒を解き、ファンニングを始めました。この雄は背部の婚姻色が抜けており、被写体としてはやや物足りなさもありますが、巣の世話をよく行っていました。撮影中は気がつかなかったのですが、巣材だと思っていたのは、後に写真を確認したところ実は卵塊そのものでした。発眼しており、孵化が近い卵です。一部は白くなっていますが、これは死卵と思われます。孵化の邪魔にならないよう雄が巣材を取り払ったのか?とも考えましたが、研究者によればニホンイトヨの巣は太平洋イトヨに比べて簡素らしく、攪乱の多い汽水域への適応ではないかとのことです。確かに3個体とも巣は簡素で小さく、かつ、巣固めを行う様子も確認できませんでした(他のイトヨ類や交雑種は頻繁に巣固めを行う)。

 この雄が雌を誘引する行動は観察されませんでした(他の営巣雄では雌を誘いに飛び出していく様子が観察された)。抱卵末期であり、確実に子孫を孵化させることに注力していたものと考えられます。これら3カ所の営巣地は、いずれも沼中央部の開けた場所で、干潮時の深さ30-40cm程度でした。水深の深い場所や、岸寄りの植物の生えた場所では営巣は確認できませんでした。

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